鍵盤鉛調整 重くて弾けない! - 2009.04.29 Wed
このスタインウェイをお持ちのI様は遠く離れたお孫さんに譲られるということで、あまり弾かれていないピアノの状態を見て欲しいと依頼がきました。

すると、お嬢様がピアノの練習用にタッチを重くするということで、当時ベールギーにお住まいのときの楽器店が鍵盤後ろに鉛を入れて重くしていました。

鍵盤後ろに線が引いてあり、そこに大きな鉛が埋め込まれています。
最大の大きさのおもりのために、かなり重たくなっていて、これでは小さい子供さんは弾けません。
この鉛を抜いて、もとに戻すべく埋木をします。
そして、長年の湿度による影響で、アクションの動きも鈍くなっていました。
アクションも引き取りましょう。
鍵盤とアクションを本体から分離して修理に入ります。

本体のみになって改めて見てみると、全て木でできていて(当たり前なんですが)そのために環境の影響はあるかもしれませんが、これから何十年も保つだろうと想像できます。

何年も使い続けて行く楽器だからこそしっかりと修理しなくては、未来の技術者から「なんじゃこりゃ?」と言われないためにも。
スタインウェイ アップライトの工房企画レポートがあります。
是非お読みください。
生まれ変わりますヤマハC7 Vol.5 張弦 - 2009.04.28 Tue
ようやく弦を張り終えました。

セミコンともなると弦の長さも長いです。
ここでもちょっとこだわりの弦です。
といってもヨーロッパのメーカーでは普通に使われている、弦と巻き線です。
国産のよりも気持ち柔らかく、通常鳴りすぎる高次倍音は程よく含まれていて、芯が太く良い響きです。
そしてこれらの弦をしっかり止音するダンパーの部品も、長年の使用で汚れています。
写真手前の銀色のワイヤー(磨く前)奥のワイヤー(磨き後)

ダンパーがスムーズに動くためにはこういう汚れをしっかりと磨き撮っておかなければいけません。
こういう作業はオーバーホールならではの作業ですね。
(ホールのピアノの点検のようにもちろん通常の作業でも行います)
こういうところ一つでも鍵盤の重さに関連してくるので、大事なことなのです。
次はこれらの弦を鳴らすアクション関係が待ち受けています!
ご注文! 黒檀に変えて! - 2009.04.23 Thu
ヤマハの中古を購入してくださった方からのご注文、「黒檀に変えていただけますか?」
もちろん、できます。
国産のほとんどは象牙黒檀ではなくなってきています。
黒鍵も木目調だの紫檀に黒を塗ったものだの、本物はどこ?といった感じです。
でも在庫はそんなに多くはないので、すぐにとはいきませんが黒檀はあります。

黒檀はある程度の形でできていますが、実はそのまま貼っただけでは弾きにくいのです。
そこでちょっと一細工。
グリッサンドをしたときに黒鍵の角が手に当たり痛いのです。
ヤスリで角の面取りをします。
右面取り後.左そのまま新品黒檀で角ばっています。
そしてスチールウールで表面を指になじむように荒らします。
そして汚れを拭き取ると下の写真の通り。

スタインウェイなどは象牙は禁止されて使っていませんが、黒鍵はしっかり黒檀を使っています。
やはり滑りにくく、指先になじみますので黒檀は人気がありますね。
そんなに高くもないので、「気・に・な・る」 と思われる方は是非お問い合わせください。
生まれ変わりますヤマハC7 Vol.4 ハンマー付け - 2009.04.19 Sun
ようやくハンマーの取り付けが終わりました。

ハンマーも徐々に角度を付けたものを取り付けました。
オリジナルはかなり荒く角度を付けているので、カクカクと角度が変わったところがわかります。
これは0.5度ずつ、変化させているため弦の角度にもぴったりです。

ハンマー交換というのは交換するだけでは終わりません。
寸法が変わったための調整、そしてなにより大事な音作りという作業が残っています。
この整音は最後にとっておきます。
そして大切なのはハンマーの重さが変わったための鍵盤鉛調整です。
これも作業の写真を撮りながらお見せしたいと思います。
ハンマーだけを交換しているところは多いのですが、しっかりと鍵盤重さの調整まで行っているところが少ないのが残念です。
アクションの一つ一つの動きの調整もこれからです。
もう少し時間がかかります。
次回をお楽しみに!
暖かい再会 桜満開! - 2009.04.14 Tue
今日の仕事は思い出深いものとなりました。
時はさかのぼって20数年前、イタリア時代の話です。
イタリア ナポリから船で1時間ほど行ったところに、ドイツ人などの保養地イースキァ島があります。
そこであるホテルでピアノの演奏会がありました。
そこに日本人のピアニストが来られていました。
海老彰子さんです。
海老さんもこんな島に日本人の調律師がいるなんてびっくりされたと思います。
とても気さくで穏やかで、反面演奏はエネルギッシュで繊細で、素晴らしい方でした。
遠い異国に地で同じ日本人が活躍されていることにすごく刺激を受けました。
そこでの仕事が終わって、バスで港へ向かっていたら、ナポリへ帰る船に乗る時間に間に合いません。
「これで帰って!」とタクシー代を頂き飛んで帰ったのを今のことのように思い出します。
こんな出来事をコンサートのトークに名前入りで海老さんが話してくださったのです。

何でもやってもらって当たり前、というアーティストが多い中、大勢のスタッフがあってのコンサートですと、言い切れるところが素晴らしいことだと思います。
演奏もバッハ、ショパン、そしてお姉さんの裕子さんとのデュオでモーツァルト、ミヨー、リスト。
絶妙のコンビネーションでした。
デュオですから2台を朝から完璧に調律していたのですが、リハーサルで弾かれて行くうちもどんどん変化して行って、実はリハーサルでは海老さんのタッチに耐えられなく、調律が結構狂ってしまったのです。
でも立ち会いがあってのコンサート、しっかりとリハーサル後カバーさせていただきました。
本番はうまく行ってホッとしました。
サイン会も一人一人丁寧にされ、本当に人柄が現れていらっしゃいます。
最後にお母様も含めてご家族で写真を撮らせていただきました。

また、どこかでこういう再会があることを願っています。
(左から海老裕子様、荒木、お母様、海老彰子様)
ホールの外では満開の桜が街灯に照らされて光っていました。
海老彰子
東京藝術大学在学中に、第41回日本音楽コンクール(ピアノ部門)で優勝。フランス政府給費を得て単身渡仏。パリ国立音楽院をプルミエ・プリ(首席)卒業後、大学院課程に相当する研究科を卒業。
受賞歴
1975年、第16回ロン=ティボー国際コンクールで第2位大賞。併せて、アルトゥール・ルービンシュタイン賞をはじめとする4つの特別賞も受賞。
1980年、第10回ショパン国際ピアノコンクールで第4位無しの第5位受賞(姉の海老裕子と共に姉妹出場した)。
1981年、リーズ国際ピアノコンクール入賞。
レパートリー
バロック音楽から近代音楽、現代音楽まで幅広い。 特にショパン、リストなどのロマン派ヴィルトゥオーゾ作品やラヴェル、ドビュッシーをはじめとするフランス音楽を得意としており、時として『フランス音楽のオーソリティー』といわれる事がある。 邦人作曲家では、武満徹、大江光など。